20代OLの瀬戸際

風の前の塵に同じ

この一文を読むためだけに買う価値があると思う本、個人的なおすすめ10選(2/2)

大好きな一文選手権の後半戦!残り5作についてです。

もう半分の5作については前記事をご参照ください。

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6. プラネタリウムのふたご(いしいしんじ

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せめて人生には手品がなくてはならない。

何でこの世には手品があるんだろう、と考えたことはありませんか。「種も仕掛けもございません」というお決まりの口上、そんなものはあるに決まっているのに、でも毎回その言葉が律儀に繰り返されるのは何でだろう、と。

その問いというのはつまるところ「どうしてこの世に虚構(フィクション)があるのだろう」という問いと同義で、答えとしては現実より美しい何かを見せるためなのだと思います。現実は時としてたまらなくむごい。人が死ぬのだって、運命的で英雄的な意味をいつも求めることはできず、何かの手違いでふっといなくなってしまうことの方がたぶんずっと多い。それでも生きている者が生き続けなくてはならない時に、人生は“あるがままの姿”ではなく“あるべき姿”で見られなくてはいけないのだ。どうしても。

だからこの世にはプラネタリウムがあり、手品があり、物語がある。

プラネタリウムのふたご (講談社文庫)

プラネタリウムのふたご (講談社文庫)

もし死ぬ前に何か1冊だけ読むことができますと言われたらこの本を選ぶかもしれない。「物語」というものを究極までやり切るとこの本になるんじゃないかと思う、この世界とは関係のない虚構の世界で起きた出来事が、きちんと現実の有り様とその救いを語る。悲しいことや惨たらしいことがちゃんと起こる中で、それでも生きていく人間たちをそっと寄り添うように優しいまなざしで見守る。あまりに思い入れが大きい本の紹介って難しいですね。ちょっと人生に疲れたなという人にこそ読んでほしい。

つまるところ、この世の人は誰だって、手品師なのだとわたしは思います。
身近にいる誰かに、魔法のような気分を味わってもらうため、こっそりと種をしかけ、あっと驚かせる、そういうことは誰だってしています。

座長がよく使うことばですが、うしろに回した六本目の指を、みんな密やかにつなぎあっているのです。

 

7. こころ(夏目漱石

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ああ、もうこの人と恋はできなくなってしまったんだな、と互いにわかる瞬間がある。

こころです。名言パラダイスでお馴染みのこころです。夏目漱石です。「しかし君、恋は罪悪ですよ。解っていますか」「かつてはその人の膝の前に跪いたという記憶が、今度はその人の頭の上に足を載せさせようとするのです」「私は死ぬ前にたった一人で好いから、他(ひと)を信用して死にたいと思っている。あなたはそのたった一人になれますか。なってくれますか」「精神的に向上心のないものは、馬鹿だ」などなど、名台詞を書き出せば枚挙に暇がありませんが、今回は別の箇所、先生の遺書の最初部分から一文を持ってきました。

これを初めて読んだのは高2の時なんですが、それでも(あ、完全にわかる……)と思ったんですね。出会った当初ならいざ知らず、今更恋仲は無理だな、と直感した経験、あなたにもどこかでありませんでしたか。恐ろしいことに、おそらく「恋ができる期間」というのは予め決まっていて、その間に何かが起きなければその後もずっと何も起きないんですよ。その期間にいる最中にはそのことに気付けなくて、いざ「際どい一点」が過ぎた後に、お互い呆然として顔を見合わせながら、もう違うんだな、と了解する瞬間がある。あるんですよ。ありました。あったんです。

こころ (新潮文庫)

こころ (新潮文庫)

もう恋に命を懸けるような年齢でもなくなってきたので、高校生の時ほどには先生周りの恋愛模様にのめり込めなくなってしまったのだけれど、今度は他の描写がどんどん前に出て感じられるようになってきた。具体的に言えば、当時は「中 両親と私」の章の必要性がまるで感じられずに遺書パートばかり読んでいたのだけれど、明治天皇崩御乃木希典が殉死するという当時の世の独特の雰囲気を味わうことができるので今は結構好き。あとは「私」や先生よりむしろ奥さんの心情ばかりを考えるようになった。

始終接触して親しくなり過ぎた男女の間には、恋に必要な刺戟の起る清新な感じが失われてしまうように考えています。

香をかぎ得るのは、香を焚き出した瞬間に限るごとく、酒を味わうのは、酒を飲み始めた刹那にあるごとく、恋の衝動にもこういうきわどい一点が、時間の上に存在しているとしか思われないのです。

一度平気でそこを通り抜けたら、馴れれば馴れるほど、親しみが増すだけで、恋の神経はだんだん麻痺して来るだけです。

 

8. Gone Girl (Gillian Flynn)

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現代を生きる我々は何故こんなにも退屈で死にそうなのか。

洋書より、「ゴーン・ガール」です。映画が無茶苦茶に面白いということで有名になりましたが、実は原作の小説も、映画の台詞には出てこないが突き刺さる文章が多々あり面白いんですよ。というわけで 一文、"We were the first human beings who would never see anything for the first time(我々は、初めて目にするものが何もないという史上初の人類となった)" です。※日本語版が手元にないので訳は筆者によるものです。

これほど現代人の気分というのものを言い当てた文はないんじゃないか、と、初めてヴェネチアを訪れた際に「わあ、ディズニーシーみたい」と発言したことのある私は思うわけです。そしてこれと同じことが今、そこら中で発生していて、例えば綺麗に加工された写真を見て、いざ旅行に行っても実際は曇っていたりなんかして、「写真の方が綺麗だったな」と思ったことはありませんか。日々、膨大な映画やテレビやコマーシャルやFacebookに流れてくる写真に取り囲まれ生きている中で、本当に「リアル」だと感じられる物事が一体どれだけ残っているというのか。

Gone Girl: A Novel

Gone Girl: A Novel

引用文は主人公・ニックの心情吐露から持ってきているのですが、こうしたある種ただ生きているだけでも追い詰められているような心境にあることを思えば、一見無茶苦茶な物語の展開も現実に起こりうるのだと納得できる。ような気がする。全くどんな話か知らないよ、という方はまずは映画から先に見てみると良いかもしれません。1番の魅力は衝撃的な物語展開にあるので、まずはそれを映像でどっぷりと味わってから、原作を読んでこんな深さがあったのかと二度驚く、というおいしい頂き方ができます。

我々は、初めて目にするものが何もないという史上初の人類となった。心を驚かせるはずの世界の不思議も、うつろな目でぼんやりと見つめるだけだ。

モナリザ、ピラミッド、エンパイア・ステート・ビル。ジャングルの動物の躍動に、古代の氷山の崩壊、火山の噴火。
「これ、映画かテレビで見たな」と思わなかったものが何一つとして思い出せないのだ――あるいは糞みたいなコマーシャルか。あれも見た、これも見た、全部もう「見たことがある」。

何もかもを見尽くしてしまっているのだ。そして脳天をぶち抜きたくなるほど最悪なのは、そうした映画やTVを通じた経験の方がいつだって優れているということだ。

(We were the first human beings who would never see anything for the first time. We stare at the wonders of the world, dull-eyed, underwhelmed. Mona Lisa, the Pyramids, the Empire State Building. Jungle animals on attack, ancient icebergs collapsing, volcanoes erupting. I can't recall a single amazing thing I have seen firsthand that I didn't immediately reference to a movie or TV show. A fucking commercial. You know the awful singsong of the blasé: Seeeen it. I've literally seen it all, and the worst thing, the thing that makes me want to blow my brains out, is: The secondhand experience is always better)

 

9. 好き好き大好き超愛してる舞城王太郎

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これほど美しい小説の書き出しが他にあるか?

蹴りたい背中と同様、書き出しの一文目です。よくよく考えたらこれだけ一文じゃなくて二文になってるんですけど、私はこの書き出しが紹介したくて本記事を書いているので細かいことは気にしないでください!(※この箇所を書くまで本気で気づいていませんでした)

しかしこれほど簡潔で直球な人間賛歌も他にないと思うんですよ。愛は欲でも献身でもなく「祈り」だと断言するそのセンスが大好き。相手に何かを要求するでもなく、影響を与えようとするでもなく、ただただ、その人にとって良いことが起きてほしいと静かに願う気持ちこそが愛なのだ。それは同時に「愛」の無力さも示しているのだけれど。

好き好き大好き超愛してる。 (講談社文庫)

好き好き大好き超愛してる。 (講談社文庫)

タイトルもカバーもなんだかとっつきづらいことに加え、話もやや特殊というか、あまり他に類がない構成をしているので普通のエンタメ小説を読む感覚で読み始めるとやや面食らうかもしれないが、どうかそのまま読み進めていただきたい。外形は奇抜に見えるかもしれないが、「愛」とは何なのかといういたって普遍的なテーマに真摯に向き合う傑作なのだ。セカチューに対するロックなアンサーソングだと思っていただければ大体合ってる(たぶん)。そして、人が物語を作るという営みについて優しい目線を投げかける。むしろどれだけ後の本筋がしっくりこなくとも、冒頭だけでいいから読んでほしい。下の引用部分から先、数ページにわたる文章が圧倒的に美しい。

愛は祈りだ。僕は祈る。

僕の好きな人たちに皆そろって幸せになってほしい。それぞれの願いを叶えてほしい。
温かい場所で、あるいは涼しい場所で、とにかく心地よい場所で、それぞれの好きな人たちに囲まれて楽しく暮らしてほしい。
最大の幸福が空から皆に降り注ぐといい。

 

10. カラマーゾフの兄弟ドストエフスキー亀山郁夫訳)

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だから今日もまた歩むことができる。

最後にご紹介する一文はカラマーゾフの兄弟から、最終部のアリョーシャの台詞です。もう、それまでに家族も身の回りも滅茶苦茶なことになったアリョーシャが、それでも最後に子どもたちに向け励ますように語りかける台詞だと考えるとぐっときて毎回ここを読むたびに泣いてしまうのだけれど、でもそうした背景をまるで知らなくとも心を掴まれる一文だと思う。

全てのことが上手くいくわけではなくて、どれだけ仲が良かった友達とも、特別な理由があるわけでもなく疎遠になってしまったりするようなことってあると思うのですが、それでも一緒に過ごした時間だけはいつまでも綺麗に輝いていて、その輝きは何があっても時が過ぎてもくすむことはない。

これは個人的な思い出話ですが、大学でゼミが一緒だった友達が、卒業論集の冒頭にこの一文を引用していて、とてもよくわかっているなと感動した。あれからゼミ生は各々ばらばらの人生を送っているけれど、あの教室でやんややんやと過ごしていた日々のことを思い出すと、心に暖かい火が灯るのだ。

カラマーゾフの兄弟1 (光文社古典新訳文庫)

カラマーゾフの兄弟1 (光文社古典新訳文庫)

これもシェイクスピアと同様、一度は読むべき名作として有名な割に、実際に読んだことのある人は多くないというイメージがありますが、そして実際に読み始めてから脳が慣れるまで時間がかかるのですが、たしかに面白いんですよ。一人として能面のような登場人物がおらず、時として矛盾をも抱える複雑な人間性が描かれる。私はこの本を読んでやっと、時代背景も宗教観も何もかも違う人間の心を打つ文章のことを文学と呼ぶのだと理解しました。

何かよい思い出、とくに子ども時代の、両親といっしょに暮らした時代の思い出ほど、その後の一生にとって大切で、力強くて、健全で、有益なものはないのです。
きみたちは、きみたちの教育についていろんな話を聞かされているはずですけど、子どもの時から大事にしてきたすばらしい神聖な思い出、もしかするとそれこそが、いちばんよい教育なのかもしれません。

自分たちが生きていくなかで、そうした思い出をたくさんあつめれば、人は一生、救われるのです。
もしも、自分たちの心に、たとえひとつでもよい思い出が残っていれば、いつかはそれがぼくらを救ってくれるのです。

 

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つらつらと感想を書いていたら合わせてなんと1万字を超えました。疲れました。最初は小説以外も入れて20作くらい選ぼうかと思ってたのだけれど止めといて正解だった……

書いている内に、こう、10作とも全然違うといえば違うんだけれど大体同じような傾向が見えてきて、自分の人間性が露わになるようでちょっと恥ずかしい気持ちはあるものの、全部好きな本であることはたしかなので、もし上に挙げた一文にピンと来た場合はぜひ。自信を持っておすすめいたします。

ちなみに、何でわざわざ直筆画像を毎回付けているのかというと、私は自分の好きな言葉を丁寧に書くことが大好きだからです。完全に趣味です。

 

果たしてここまで全部読んだ方がいるかはわかりませんが、いたとしたらお付き合いいただきどうもありがとうございました。