20代OLの瀬戸際

風の前の塵に同じ

頭の良い上司に潰された話

これはGW前に起きた上司との激闘の記録である。

 

もう少し正確に言うと、激闘というよりはスーパー頭の良い上司にぼこぼこにされた記録であり、結果として私は自律神経の調子を崩し、現在休職している。あまり明るい話ではない。

だが振り返ってみて何が起きていたのか、本来は何があるべき姿だったのかをまとめてみることは、どこかで同じような辛い目に遭っている人の認識改善やら、または上司と似た振る舞いをしている人の気づきやらになるのかもしれず、何より自分の気の慰めになるので風化しない内に書いておく。

 

激闘の背景

当時一緒に働くことになった上司はとにかく頭が良かった。

頭が良いといっても様々な側面があるが、その仕事に関係する知識を豊富に有しているだけでなく、新規に取得した情報の理解も速く、更にはそうしたインプットから意味ある示唆を論理的に抽出し、クライアントにとって分りやすい資料にまとめることも非常に得意だった。とかくプレイヤーとしては文句のつけようもないほど優秀な人だと社内的にも認識されていたと思う。

ただ、あまり共感に長けた人物ではなかった。そのことは当人も認識しており、EQが低いって言われるんだよねー、と話していた。

その下に私がチームメンバーとしてひょっこり投入されることとなった。

会社で様々ある仕事の中で、これまで経験したことのない分野の仕事に入社数年目で初めて当たったということもあり私はびくびくしていたが、上司は当分野での経験も豊富に有していることから、まあ今回はチャレンジだと思って頑張ってみましょうという体でその仕事は始まった。

 

激闘の始まり

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画像はイメージです

 

初めの内は何事もなく日々が過ぎていった。

が、ある時からその分野の仕事で重要とされる特定のスキルが私に欠けていることが明るみに出て、作成した資料を提出する度に上司の教育的指導が行われることとなった。

結論から言えば、この指導の仕方に問題があったのではないか?と考えている。その仕事をする上で、私にそのスキルがなかったことは問題であり、それを改善しなければならなかったことには疑問も何もない。だが、振り返ってみて、果たして本当に最善で効果的な方法だったかには大いに疑問がある。

 

上司の指導の何が問題だったか

問題のある指導方法、と聞いてまず思い浮かぶのは罵倒スタイルではないかと思われる。「馬鹿かお前は!」「どうしようもないクズだな!」と怒鳴る等。

もちろんこちらのような攻め方でも心は傷つくのだが、こうした罵倒は明確にパワハラモラハラであるという社会的合意が形成されつつあるように感じる。なので、やられる側も、流石に人格否定では?感情的な八つ当たりなのでは?と認識しやすく、身を守るために録音しよう、といった対抗手段に出ることもあるだろう。(e.g.,豊田議員の秘書)

今回の問題は、一見してパワハラとは思えないところにあった。

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画像は心象風景です

 

①仕事の完成度について、「できたか」「できなかったか」の二択しか存在しない

資料を見せて初めの一言で出てくるのは、「この資料こう書いてあるけど何で?」「これって何でこうだと思ったの?」等のよくある質問である。

「○○と考えました」と答えると、でもこれは…だからこうでしょ?と指摘を受け、なるほど確かにそっちの方が正しいかもしれないな…と思い、こちらも納得して修正を加える。その上で、今回の指摘を受けて自分の考え方を振り返り、今度からこうしてみよう!と改善してみる。

でも否定される。前と比べてどうだったかは語られずに、新たなできていないところを次々に指摘され、何故改善していないのかと詰られる。改善が為されたかどうかはゼロイチで判断され、微妙な進歩は全て認められず、ただ「まだできていない」ということだけが繰り返し示される。

毎回具体的な指摘があるわけでもなく、「なんか違うんだよな〜今から僕が言うとおりに直して」と問答無用で口述筆記機械にされるor「もういいよ後は僕がやるから」と仕事を巻き取られる事態も多発した。

 

特に今回は、上司がその分野での経験も豊富だったということもあり、初心者である私よりも完成度の高い資料を作成できるのは当然と考えられる(逆だったらむしろ問題である)。故に、上司の中の「俺基準」での「できている/できていない」のみの二択評価をされたら「できていない」が繰り返されるのは自然の理である。

なにより、ゼロイチ判断だと自分が試した改善努力の方向性が合っているか合っていないかもわからない。一切方向指示をされないスイカ割りのようなものだ。それで「また空振りか」と責められても途方に暮れるしかなく、たまに割れた時も、これはただの偶然だったのではないか?と自分の成長を信じることができない。

 

②「できるようになるための手引き」が存在しない

こちらとしても、自分が仕事をできないことで上司の負担が増えていくのは嫌だ、ちゃんとできるようになりたい、という思いはあるため、できるようになるためのコツはありますか?○○さんはどのようにしてできるようになったのですか?等のヒアリングを繰り返し試みる。が、非常に的を射ない答えだけが返ってくる。「いや僕は昔から自然とできてたからな…」とか言い出して結局ごにょごにょとして終わる。知るかよ!アドバイスがクソかよ!

多くの場合、できなかったことが魔法のように即座にできるようになることは少ない。特にそもそもの思考法の癖を直す、なんかの場合はこれまで数十年かけて築いてきたものを変える難事業となる。

勉強ができる人は自分ができるのが当たり前だから落ちこぼれの子に指導するのが下手だ、というのはよく聞く通説ですが、「できて当たり前」の人からするとノウハウの提示が難しい物事というのは確かにあると思う。これはわかる。ただ、それを手助けなくやれ、且つ迅速に、と突き放しておいて、後からまだできないの?前も同じこと言ったよね?と責められても困る。

 

③「お前はできていない(俺の言う通りにやれ)」&「何でもかんでも俺に聞くな」のダブルバインド

そうしたことが続くと、次第に自尊心が萎れ、自分の仕事が信じられなくなっていく。

あくまでされている指摘の内容は正当で、修正すべきだと感じられるので、いつまでたってもできない自分に罪悪感と焦燥とが膨れ上がり、どれだけ自分の中で考えても結局この人の考えているレベルには到達できないのでは?という気分になっていく。

自分の考えが至らないせいでチームに迷惑ばかりがかかっているという切実な思い、及び度重なる「できない」指摘のストレスを回避したいという更に一段切実な思いから、極力無駄な時間を減らすためにコミュニケーションが「私はこうしようと考えているんですが」から「これどうすればいいですか?」に次第に変わっていく。

すると次に出てくるのが「何でも人に頼ろうとしてない?自分で考える気ないの?」という方向からの叱責である。ここで私の脳は八方塞がり!ワオ!とエラーを出し、思考を止める。段々どうでもいいや…という気分になり、「これは自分の仕事である」という感覚が希薄になってくる。こっちは適当にやり過ごすからもう好きにしてくれ…とただただ仕事の終了日が訪れるのを願うマシーンとなる。

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 避けらんねえ

 

問題を回避するためにはどうすれば良かったのか

上記の叱責は、他の社員もいる前で何度も大声で繰り返され続け、私の心は折れた。

同様の環境でも精神的に病むことなく過ごせる人もいると思う。精神的な強さというのは、体育会経験の有無といった人生経験の差だけではなく、遺伝でも決まるそうだ。そもそも私は他人と比べてストレス耐性が弱い方なのではないかとも思っている。というか、単純にもっと私の頭が良ければ何事も起きなかったのかもしれない。仕事との向き合い方に甘えがあったのかもしれない。

が、①〜③が部下を育てるために有効なメソッドであるとも思えない。

 

やり方のわかっていない人に何かをしてほしいと思った時にまず何をすれば良いのだろうか?話を簡単にするために動物を例に出そう。これまで犬にお手を覚えさせる時に何をしただろうか?

餌をやればよい。少しでも正解に近い動作をした瞬間に餌をやるのだ。

うまくやるための強化の原理―飼いネコから配偶者まで

うまくやるための強化の原理―飼いネコから配偶者まで

 

 上の本が詳しいが、イルカをジャンプさせるのも夫の靴下の脱ぎっぱなしを止めさせるのも、最も効率的な方法は同じ原理に基づく。対象が理想に近い行動を起こした瞬間に”好子”(餌に該当するもの。褒める、撫でる等)を与え、理想から遠ざかる行動が起きた場合は何も与えないことを続ければ良い。対象は、好子欲しさに理想に近い行動を起こすことを学習していく。ジャンプらしきものは次第に数メートルの立派なジャンプに変わっていく。

これが上司と部下の関係には当てはまらない、とする理由はない。

できるようになるための具体的なノウハウがもし提示できなくても、部下が「部分的にできているっぽい」アウトプットを出した際に、その部分をそう!その調子だよ!と褒めることはできるはずである。スイカはそっちにあるよ!と。 突然にイルカが5mジャンプをし出す、ライオンが火の輪くぐりを始めるのを待つことに比べれば随分建設的ではないだろうか。

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そこだよ!

 

とはいえ

この激闘の途中から私は、早期覚醒・食欲不振・体感温度の変動(急に寒気がする/火照る)・全身の痒み・異常な量の唾液分泌・頻尿・動悸など自律神経失調症状のデパートと化した。GWだけを頼りになんとか凌ぎ抜き、実際休暇中は好調だったのだが、その後また上司が変わってからも早朝覚醒と食欲不振がぶり返したため休職に至る。

とはいえ、ここまで被害者目線でつらつらと記してきたが、では自分が逆の立場だったら?と思うと、いやいやこんなことしないでしょー とは思えないのが怖い。

上司は部下を育てるのが仕事、という言葉はあるが、実際に部下を育てることだけに専念できることは稀で、自分も仕事を抱えている中で部下の面倒も見なければならないのが実情だ(他社ではわからないが少なくともうちの会社ではそうだ)。

そして自分の仕事も余裕のない中で何回も質の悪い資料が出てきて、且つ(いやちょっとはできてるでしょ?)みたいな顔でもされたら頑張りが評価されるのは義務教育までやぞワレと怒りのボルテージが溜まってもおかしくない。というか、非常にリアルにその図を想像できる。もう全部自分でやった方が早い!と幾度も思うだろう。

 

でも、その怒りをぶつけるだけぶつけて部下の自主学習による成長のみに全ベットするよりは、そこでぐっと堪えて方向付けを手伝う方が全体の生産性はずっと上がるはずなのだ。

幸い、療養により症状は改善方向にあり、来月からは復職予定である。今年入社した後輩が今後私の下につくこともあるだろう。その時にはこの経験を思い出しながら、あるべき指導についてまたあーだこーだと考えたい。

 

ずいぶん長く書きましたが以下余談。

◆最中、先輩や同期に何度も愚痴や相談を聞いてもらっていたのだが、それだけではストレスの発散が間に合わなくなりネットでひたすら対処法を探っていた時期があった。その中で見つけたこの記事の”クラッシャー上司”という概念が体感に近い。

◆わかりみがありすぎたので本まで買った。この本に出てくる”クラッシャー上司”は破壊力のありすぎる人だらけでやや現実味が薄く感じてしまうが、精神的に参っている相手の気持ちがわからない、幼少期の親の教育が厳しく且つエリート街道を駆け抜け続けた人がなりやすい、など上司の過去の言動を振り返ってみてなるほど当てはまっていそうだ…と思える箇所は複数。

クラッシャー上司 平気で部下を追い詰める人たち (PHP新書)

クラッシャー上司 平気で部下を追い詰める人たち (PHP新書)

 

 ◆こんな本も買った。初めから答えをばんばん与えてしまうと指示待ち人間が生まれる。少し遠回りに見えても、あなたはどう思うのか?という問いを重ねると部下自らに考える習慣がつくよ!という要旨。著者の下で働いている人は幸せだろうなあ、と思うと共に、たぶん上司の立場で実践するのは難しいんだろうなあ、とも。心に留めておきたい考え方。

自分の頭で考えて動く部下の育て方 上司1年生の教科書

自分の頭で考えて動く部下の育て方 上司1年生の教科書

 ◆私は許斐剛先生を応援しています。