20代OLの瀬戸際

風の前の塵に同じ

奄美大島狂想曲

その道は山中を抜ける上りの坂道だった。

民家が見当たらないのは先刻からのことだが、夕時だというのに対向車が来ることも稀である。島で更に山だから、突然飛び出してくる人間に予め注意を払う必要はなく、代わりに固有種のクロウサギが跳び出してこないように祈っていればそれで良かった。固有種のクロウサギがいるなんて知らなかったが、どうやらいるらしい。万一轢いてしまったら大変なことになりそうだということはなんとなくわかった。

 

空港で借りたレンタカーはカーナビがやや古そうなことを除けばいたって快適なもので、運転者の不安をよそにすいすいと進んでいく。

なんだ、いけんじゃん。できんじゃん!

旅行に出ることを決めたのは出発の3日前だった。そういえば今週は何の予定も入っていないから、3連休はどこも行っていないから、じゃあ行こう。単純な理由だった。思いつきだったから、桃鉄(14年目)のCPU待ち時間中にLCC航空券を探してどこに行けるかを調べた。桃鉄でお世話になる駅といえば俄然高松なのだが、その高松にも行けるのだが、もっと南にも行けるという。具体的には台湾や沖縄や奄美大島があった。奄美大島。大学時代、知り合いが行っていた。美しい海の写真が何枚もFacebookにアップされていた。透明度が高いエメラルドの海は沖縄だけじゃないんだなあ、と興味を惹かれた記憶があった。

桃鉄の片手間に航空券を確定させ、Booking.comで宿を取り、その宿がなんだかずいぶん空港から離れているようだと気付いたのは桃鉄が15年目の冬に差し掛かったあたりだった。91kmあった。

Google mapでいくら検索してもバスがありそうな気配はない。なるほど、レンタカーだ。わかる、こういう時はレンタカーに乗ればいいのだ。問題らしき問題といえば、私がこれまでの人生でただの一度も一人単独で車を運転したことがないということくらいだった。とはいえ、とはいえだ。運転自体をしたことがないわけではない。大学時代は同期や先輩を乗せてハイエースを運転したこともあるし、心配そうな親を乗せて地元のTSUTAYAまでカローラを運転したことある。それが3年以上前だということは脇に置こう。とにかく経験はあるし、ゴールド免許だし、交通ルールの記憶は朧だが助手席になら幾度も座ったことがあるし、人生において大体のことはなんとかなるものだ。よし、と小さくつぶやき、空港至近で1番安いレンタカー会社を探し出して予約を取った。そして今、その車を運転している。

 

途中立ち寄ったファミマでエンジンの切り方がわからず半泣きになりながらレンタカー屋に電話しかけたのも今は昔(エンジンスイッチはハンドルの左下に位置しているところを無事発見された)、覚束ないながらにバックを駆使した駐車場出入りも決めた。中心街も既に遥か後ろ、この山を乗り越え下ればもう30km程で宿である。

ぱんっ!

耳慣れない音がしたのはその時だ。何だ?と思うその瞬間に記憶がめぐる、これは自転車がパンクした時の音と同じだ。

運転者は無言で口の端を少し曲げた。パンクだ。道路には何も落ちていなかった。つまりは純粋な破裂である。ハザードを点け、外に出て目視確認すればなるほど右前のタイヤがしょんぼりと萎れている。

これまでパンクを経験したことは幸いなかったが、どうすればよいのかはわかる。まずはレンタカー屋に連絡をすれば良い。引き渡し時に受け取った資料を手にしながら携帯でぴっぴっと手早く番号を入力し、かける。が、いつまでたっても出る気配がない。不審に思い電話を切り、画面に視線を移すと左上に「圏外」の文字が見えた。慌てず騒がず、こんな時に持ってきていて良かった、2台目の仕事用携帯を取り出す。先ほどはauMVNOだったが今度はsoftbankだ、そら行け。ホームボタンを押すと、表示されたのは再び圏外の文字だった。圏外。電波がない。電波がない!?そう来たか!ジーザス・クライスト!

 

思わず小さな笑いをこぼした運転手は、暫し呆けたように前を見ながら何かを思案し、一呼吸した。このまま何もしなければ何も起こらない。やるかやらないかである。ハンドルを握り直し、まずは、Uターンをしてこれまで来た道を坂の終点まで引き返すことにした。ぼすんぼすん。下るだけなのでアクセルを踏む必要もない、意外といけるものだ。いつだか道中で自転車がパンクした時のことを思い返しても、タイヤがだめでもその内側のホイールで意外と走れたのだった。そんな記憶をよぎらせている間に無事車は坂を下り終えた。何かの念を込めて2台のiPhoneをオンにする。依然、圏外。神は死んだ。慈悲はない。

ここからは壮絶な悪足掻きの記録である。

これまで来た道を更に遡って必死に思い返すが、どこまで戻れば電波がありそうな地域にたどり着くかは全く判然としない。苛立たしくカーナビ画面を叩くも、非常電話は検索ジャンルにない。「車修理」のジャンルで探してみると元々向かっていた方向、山を下りてすぐのところに修理屋があるらしい。電波があるとしてもたぶんその辺りになるだろう。手汗を服で拭って、もう一度ハンドルを取る。ぼすんぼすん。果たして車の場合、パンクしたまま走って大丈夫なのだろうか?ぼすんぼすん。たぶんだめなのだろうが、かといって今から徒歩で10km歩いて山を下り、電話して再び10km山を上って車に戻るというのも現実的とは思えない。もうすぐ暗くなるし、電灯はほぼ皆無なのだ。ぼすんぼすん。一旦走るのを止め、「車 パンクしたら」でぐぐろうとしてから圏外じゃないか!と我に返る。がたぼすんがたがた。おっとだいぶ縦揺れが激しくなってきた。がたがたがた。手汗がすごい。けど揺れを無視すれば意外とちゃんと進む。がたがたがた。ゆっくりだがそれでも5kmは進んだ。もうあと5kmで着くんだあと半分だ。がたんがたがた。今明らかにやばい音しなかった?がたんがたんがた。あっ揺れがすごい。揺れが。がたんごとんがたがたんがたんどかんごとんどったんばったん。

 

観念してもう一度車を止め、恐る恐る問題のタイヤを見ると黒いゴム部分がべろべろに裂けており、その避けたゴムが当たったのか、車体には無数の黒い傷が残っていた。その場にへたり込みそうになるのを理性の力でなんとか抑える。もう限界だということは明白だった。涙が眼球に滲む。あと3kmというところまではなんとか来ていたのだ。後続車が現れたのは、惨たらしい姿を眼前に心をなんとか奮い立たせ、歩くことを決心しようとしていたその時だった。 

 

***

その後は後続車に乗っていた地元のおばちゃんに助けてもらい、電波のあるところまで連れて行ってもらう+どのみちあの山の中で夜中一人待つのは厳しかろうとそのまま山の下まで送っていただく運びとなった。車はレッカーで修理工場へ運ばれた。山の下から宿までは宿の管理人のおばちゃんが迎えに来てくれた。地元の方々の優しさに泣いた。

レッカーされた車は翌日スペアタイヤを付けて宿まで戻ってきて(スペアタイヤはトランクスペースの床下に入っていたんだそうだ。全く知らなかったので確かめもできなかった。免許試験の必須暗記事項に盛り込んでほしい)、それをまた91km運転してレンタカー屋まで運転したこと、同情したレンタカー屋がもう1台同じ車種の車を貸してくれたこと、その車をまた91km運転して帰って来たものの宿の駐車場手前の細い道でこすってしまって結局タイヤ代(実費)+営業補償代の支払いが合計6万5,000円にのぼったことはまた別の話。レンタカー屋にはめちゃくちゃ謝罪した。

 

以下、余談(むしろここからが本題)。

◆腹が立つくらい海が綺麗だった!屋鈍、タエン浜、土盛に行ったけれどどこも透明度満点100%!という感じだった。土盛海岸は砂浜が本当に白い砂で珊瑚の死骸も落ちていないから特に写真映えが素晴らしい。シュノーケルをしたのは前者2海岸なのだが、屋鈍ではハリセンボンとミナミハコフグ、タエン浜ではウミガメが至近距離に現れてびびった。

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水の上からでも珊瑚礁の位置がわかる

◆ 星空も悲しくなるくらい綺麗だった。大学時代も小笠原諸島とか八丈島に行ったことはあったから、肉眼で天の川や流れ星を見たことはあったのだけれど、天の川が途中で二股に分かれているのを視認できたのは今回が初めてだった。宿の目の前が屋鈍の砂浜だったので、毎晩携帯ランプを持っては外に繰り出して寝そべって流れ星を探した。もし国内でここより更に綺麗な星空を見るとしたらどこなんだろう。波照間とか青ヶ島とかかしら。

◆星空の下で聴くべき曲というものがこの世にはたくさんありますが、その中の一つがR.E.M.のnightswimmingです。YouTubeにはオリジナル音源がなかったのでまたニコニコ動画のリンク。海辺で聴くと尚良い。

www.nicovideo.jp

◆あとはA Sky Full of Stars(Coldplay)とかHoppípolla(Sigur Rós)、My Heart's RavenDE DE MOUSE)あたりも気分が高まる。もっと気合を入れて事前に星空プレイリストを作っておくべきだった…後悔は先に立たず、Apple Musicを始めてストリームしまくった。便利。

◆釣りもしました。イラブチ(沖縄だとイラブチャー、一般にはアオブダイ)が釣れた!でかい、そして発色がすごい。宿の人に捌いてもらい、おまけに圧力鍋も貸してもらい、煮つけにして食べました。白身魚で味のくせはそんなになかった。この魚、沖縄だとスーパーで売ってるが奄美では高級魚らしい。1,000円で釣りを教えてくれた地元のおじいちゃんとは会話のキャッチボールができなかった(質問をしても答えてもらえずに別の話が始まってしまう!宿のおばちゃんもそうだった)のだが、釣れた瞬間はハイタッチして興奮を共有した。

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これを

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こうして

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 こうじゃ!(盛り付けが信じられないくらい汚いのはご愛嬌)

 

***

こうして無軌道に旅行をしているのも、無事体調が回復してきたからというのがまず第一義にはあるのだけれど、「弱いつながり(東浩紀)」を読んだ影響というのも大きい。今や何でもネットで検索できる時代になったけれど、その検索ワードを手に入れるにはやはり現実世界での行動が必要なのだ、ということを示す本。

人は自分が見たいものしか見ることができない。例えば今回でいえば、アマミノクロウサギという動物は私が認知する前から存在していて、それについて語るウェブサイトも数万件ある。だが、実際に奄美大島に来ることがなければ「アマミノクロウサギ」で私がウェブを検索することは決してなかったのだ。「車 パンクしたら」だってそうだし、「イラブチ」だってそうだ。そういう検索ワードと”偶然に”出会い、自分の環境/視野が変わることこそが旅の意味である、という論旨。

非常に雑にまとめれば、世の中にはやってみなきゃわからない物事が沢山あるということだ。この本を休職初期に読んで、なるほど、何事も挑戦だなと勝手に解釈をし、色々やっている。5月以降更新を止めかけていたこのブログにまた復帰したのも然り。まあこれだっていつまで続くかは知れたものではないが、それでも誰が気にするわけでもない、一度やってみることが肝要なのだ。

 

奄美大島だって、知り合いのFacebookの写真だけで知った気になることだって十分できたはずなのだが、やっぱり現実に飛行機で身体を運んで良かったなと思う。パンクした車を無理くり走らせたらとんでもない惨状と修理代に至ること、水着だけで夢中でカメを追いかけシュノーケルをすれば背中が恐ろしい日焼けをすること(2日経った今もヒリヒリがすごい)、ボールを投げれば返ってくるという言語コミュニケーションだけが常識ではないこと、食べれる魚を釣ればそれが自分の夕ご飯になること、全部言われればそりゃそうだと思えることだが、一度自分の経験を通り抜けた実感はどれも自分の財産になる、気がする。

仕事しているとやっぱりどうしても似たり寄ったりの価値観の集団に放り込まれてしまうから、こうした意識的な視野のストレッチが必要なのかもしれない。世界は目の前にあるものよりももうちょっとだけ広い。そのことをちゃんと忘れずにいたい。

 

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エモみ大島…(←これが言いたかった)