20代OLの瀬戸際

風の前の塵に同じ

ゼロ年代ライトノベルの回顧録:③戯言シリーズ

2000年~2005年頃のライトノベルを懐かしく思い返すシリーズ第3弾です。

今回は西尾維新戯言シリーズについて!

 

戯言シリーズ(2002年~2005年、全6巻9冊。スピンオフ群有)

「殺して解して並べて揃えて晒してやんよ」

クビキリサイクル 青色サヴァンと戯言遣い (講談社ノベルス)

クビキリサイクル 青色サヴァンと戯言遣い (講談社ノベルス)

はい、言わずと知れた西尾維新先生です。「化物語」(物語シリーズ)や少年ジャンプ連載作品「めだかボックス」等でよく知られている作家ですね。

その西尾維新デビュー作がこちら、「クビキリサイクル」(戯言シリーズ)です!上で挙げた2作からおわかりの方もいらっしゃるかと思いますが、西尾維新の特徴といえば複雑な言葉遊び、軽妙な会話、そして圧倒的に突き抜ける厨二力。他を作品ちゃんと読んだことないのだけれど、たぶんこの厨二力が最も凝縮されているのは本戯言シリーズだと思う。だってまず「戯言」ですよ。殆どの人が人生で口から一度たりとも発することのない単語が掲げられているシリーズ名ってどういうことなの。

 

一応シリーズ内での主要な人物紹介をします。

  • ぼく(《人類最弱》・「戯言遣い」、愛称「いーちゃん」「いっくん」等)
    …もうこの時点で待ったがかかると思う。人類最弱って何だ。戯言遣いって何だと。というかまず名前を名乗れと。この程度で躓いていてはいけません。人畜無害な語り部兼主人公だと思っておけば大丈夫です。
  • 玖渚友(「青色サヴァン」・《歩く逆鱗》・「死線の蒼(デッドブルー)」)
    …そんな「ぼく」の相棒の女の子です!青い瞳に青い髪、サヴァン症候群でめちゃくちゃ頭の良い引きこもり!これだけでも設定盛り盛りですが、更には一人称は「僕様ちゃん」で、世界を牛耳る財閥家系・「玖渚機関」の令嬢でもあります。

まだ2人だけなんですけれど、この時点で拒否反応が出て頭が痛くなるだろう方もいることはわかります。格好良いっぽい二つ名がないと死ぬ世界なのか?とか、疑問も色々あることでしょう。だが待ってほしい!そうは言っても皆なんだかんだBLEACH好きだったでしょ!

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巻頭ポエムは言わずもがな、滅却師と書いて「クインシー」と読むとかいうセンスの化け物

鬼道の詠唱とかちょっと覚えたりしたでしょ!!そういうことです。何がそういうことなのかは各自で考えてください。

 

あとは「殺人鬼」・零崎人識や、「人類最強の請負人」「赤き征裁(オーバーキルドレッド)」「死色の真紅」「砂漠の鷹(デザート・イーグル)」その他諸々略・哀川潤らが出てきます。

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もうこの時点でお腹いっぱいだよという人が殆どかもしれませんが、逆にぴくりとでも心の内なる厨二ソウルが反応した人にはもう是非、是非読んでほしい、すっごいから。

壱外(いちがい)、弐栞(にしおり)、参榊(さんざか)、肆屍(しかばね)、伍砦(ごとりで)、陸枷(ろくかせ)、染(しち)の名を飛ばして、捌限(はちきり)――――そしてそれをまとめる玖渚(くなぎさ)機関。

虐殺という虐殺を虐殺しろ。

罪悪という罪悪を罪悪しろ。

絶望という絶望を絶望させろ。

混沌という混沌を混沌させろ。

屈従という屈従を屈従させろ。

遠慮はするな誰に憚ることもない。

我々は美しい世界に誇れ。

ここは死線の寝室だ、存分に乱れろ死線が許す。 

この2つ目のやつとか、Fateの「体は剣で出来ている」を彷彿とさせる…

 

というわけで迸る厨二力についてのみ長々と紹介してしまいましたが、シリーズ1~2作目「クビキリサイクル」「クビシメロマンチスト」についてはちゃんと(?)ミステリーをしており、推理物として楽しむことも可能です。が、「真面目な推理物」を期待して読んだら「ぼく」のナルシスティックな語りの過剰さに鼻白むだろうし、初めっからスーパーファンタジーキャラ小説くらいに思っておいた方が妥当かと思います。3作目以降は堂々と能力バトルが始まったりします(面白いです)。

そう、これまで紹介した3作と何より異なると思われるのは、物語本筋よりもキャラの方がくっきりと前に出ている点です。戯言シリーズ、ちゃんと全部読んだはずなのですが、物語として語りたかったことは何なのか、私にはわかりませんでした。あったのかもしれないけれど印象に残っていない。でも読むのは楽しかった、キャラの設定やセリフや関係性が楽しかったから。そこでスパイクが立っていた、というのはその後のハルヒなりけいおんなりのキャラ萌えブームの到来を先取りしていた、と言えるのかもしれない。

 

もう少しミステリーの視点から考えても面白いのかもしれなくて、この辺あまり詳しくないのであれなのですが、本格→社会派→新本格、と来たけれどやっぱり新本格というだけじゃ流行れなかった(強力なキャラ付け等のスパイスがないと受け入れられなかったし、更にはそのスパイスの方がメインとして主張し始めた)という歴史の一端を形成しているのかもしれない。

探偵がいて事件が起きて、読者が犯人を当てる(それは文章中に散りばめられたヒントを基に論理的に推論可能な対象である)というのが「本格」という理解です。アガサクリスティとか。でも、ありきたりなトリック等が掘り尽くされ「探偵もの」が陳腐化していく脇で、もう少し大がかりで現実味のある、犯罪者対警察のようないわゆる社会派サスペンスがメインストリームとなっていく。そこではトリックの新奇性は後ろへ退いていき、犯人が犯行に及んだ背景や動機が脚光を浴びていた。が!まだ読者との推理対決は可能なはずだ!ということで再び”本格”をぶち上げたのが「新本格」一派で、実際に十角館の殺人のような作品が出てきた…という凡その流れだったはず。

そもそもミステリーとはどのような位置づけにあたるのか、という話も結構面白くて好きです。昔twitterでふぁぼしてたツイートをひっくり返したら出てきました↓

 

だいぶ脇に逸れましたが。

ちなみに「クビキリサイクル」は現在、物語シリーズでお馴染みのシャフトが一生懸命OVAでの映像化を頑張っているようです。

↑もうこの「戯言だけどね。」の一言でムカつく!でも好き!

尚、OVAということもあってか、7巻・8巻のBlu-ray及びDVDが販売遅延しているというやや不穏な状況にあるようですが、アニメ化して映えるのはむしろミステリを脱した第3作以降だと思うのでなんとか踏ん張ってほしい、動く萩原子荻ちゃんが見れるなら買います…非常に身勝手な言い分だけれど…

「例え相手が人類最強であろうとも、私の名前は萩原子荻。 私の前では悪魔だって全席指定、正々堂々手段を選ばず真っ向から不意討ってご覧に入れましょう」

第3作「クビシメハイスクール」より

 

キャラ前面のストーリーってアイドルと同じようなもので、誰か一人お気に入りの推しができてしまうとそれだけで関係する他のキャラや箱そのものも魅力的に見えてきてしまうので、そういう点で非常に強い。ので売れる、「ラノベ枠」と見做されている作家の中でも西尾維新はめちゃくちゃに成功した部類に入るだろう。でもじゃあ何でそもそもそうしたキャラを愛でる文化というのが主流になったのか?という疑問への答えにあたるのが「動物化するポストモダン東浩紀)」なのかしら。 

動物化するポストモダン オタクから見た日本社会 (講談社現代新書)

動物化するポストモダン オタクから見た日本社会 (講談社現代新書)

けれどキャラが記号的に消費されることになった、ということとキャラを愛でる文化が広まった、というのは似て非なることにも思えるので、ちゃんと分けて考えた方が良いのかもしれない。多人数アイドルの成立と関連させてその内に何か書けたらいいな。願望です。