20代OLの瀬戸際

風の前の塵に同じ

この一文を読むためだけに買う価値があると思う本、個人的なおすすめ10選(1/2)

本を読んでいて思わずめくる手が止まりはっとさせられる、そんな一文、ありますよね!あります!というわけで大好きな一文選手権を開催します。

小説を主として、過去に手帳に書き抜いた文の中から10作を引っ張ってきました。

「文章」だと沢山ありすぎて大変なことになると思ったので「一文」です!句読点までの勝負です! 

 

 1. 蹴りたい背中(綿谷りさ)

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さびしさは鳴る。絶対に鳴る。

芥川賞の最年少記録更新・「蛇にピアス金原ひとみ)」との同時受賞だったということで、読んだことはなくてもタイトルは耳にしたことのある方も多いだろうこちらの作品ですが、「印象的な書き出し」の作品としてもよく取り上げられていることが多いように思います。というわけで書き出しの一文目から、「さびしさは鳴る。」

「さびしさ」が主語で、その後に動詞が続いているというだけで既に異質ですが、その動詞も「訪れる」や「浮かぶ」なんかではなく「鳴る」。一瞬なんのことかわからないのだけれど、さびしいという感情を思い返してみた時に、たしかに鳴るのかもしれない、と思わせる問答無用の説得力がある。”かなしさは疾走する”(「モオツァルト」/小林秀雄)と並んで称賛されてほしい。

続く文を読んでいくと、主人公の女子高生・ハツが学校の実験室におり、生物の授業を受けながら騒ぐクラスメイト達を冷静な目線で観察している……という状況が明かされていくのですが、その、周りは五月蠅いけれど自分だけはどこか膜を一枚隔てた別のところにいるという気分をたった七文字で抉り取る情感のゆたかさ!

蹴りたい背中 (河出文庫)

蹴りたい背中 (河出文庫)

特に中高生時代に強く感じられる、同じクラスというだけで詰め込まれた40人の人間の群れに自分はしっくりと馴染んでいないという違和感や鬱屈、どこにも行けない焦燥を、この物語はずっと一貫してごりごりとガラスを削るようにして描き出す。明るい話ではない。でも、自分がいつか通ったもやもやとした感情が、たしかな輪郭を持った言葉として書き表されているのをこの目で見る、そんな体験というのが小説を読む楽しみの一つだと思う。

さびしさは鳴る。耳が痛くなるほど高く澄んだ鈴の音で鳴り響いて、胸を締めつけるから、せめて周りには聞こえないように、私はプリントを指で千切る。  

 

2. 海辺のカフカ村上春樹

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美しく死ぬことについて。

みんな大好き村上春樹! 個人的に村上作品は、物語の筋や目に浮かぶ情景はたいへん強く記憶に残るけれど、文そのもので「これ!」と書き抜きたくなるようなものはあまりないなあ、と思うのですが(※だからといって面白くないということではないです)、唯一の例外がこちら。

蹴りたい背中とは違い、冒頭でも何でもない、下巻の後半頃にさらりと現れる一文なので、本を読んだことのある方でも覚えてらっしゃる方がどのくらいいるのかはわからない、というそんな文なのですが、ふと日常で思い出すことがある。結構ある。

趣向が凝らされた表現でも現実味を感じさせる描写でもないのだけれど、こういう、登場人物の口を借りて出てくる、作者自体の思想や哲学が反映された文章もまた好き。人間は何のために生きるのか。人が死んだ時、遺された者は何を想えば良いのか。答えは出ないけれど、考え続けている。

海辺のカフカ (上) (新潮文庫)

海辺のカフカ (上) (新潮文庫)

高校生の主人公が旅に出る、というのがスーパー簡潔なあらすじになると思うのだけれど、そこに蔓のように絡みついてくるサイドストーリーがどれも好き。村上春樹が苦手という人の中には「共感できる登場人物がいないから」という人が一定数いるように見受けられますが、本作は村上作品らしからぬ人物、トラックの運ちゃんことホシノくんが登場するので、その点初めて手に取るには良いのかもしれません。ホシノ青年は「やれやれ」なんて格好つけた台詞は言わない。パチンコに行き風俗に行く。(但し、主人公サイドの本筋の物語は全く共感とはかけ離れていますが……)

ナカタさんの人生が一体何だったのか、そこにどんな意味があったのか、それはわからない。でもそんなことを言い出せば、誰の人生にだってそんなにはっきりとした意味があるわけじゃないだろう。

人間にとってほんとうに大事なのは、ほんとうに重みを持つのは、きっと死に方のほうなんだな、と青年は考えた。死に方に比べたら、生き方なんてたいしたことじゃないのかもしれない。とはいえやはり、人の死に方を決めるのは人の生き方であるはずだ。

 

3. 箱男安部公房

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闇に薄い明りが一筋射し込む。 

なんとなく寝れない夜中に、何をするでもなくベッドから天井を見つめてぼうっとして、そうしていると涙なんかが出てきたりして、くしゃくしゃっと色んなことが嫌になってしまう時があるのだけれど、そんな時に思い出す一文。

そういう、自尊心がくしゃくしゃになっている時に何で立ち直るかといえば、それは断じてマチュピチュやグランドキャニオンではなく、公園の隅に咲くホタルブクロであったり、温かいコーンスープだったりするのだ。なので、下に引用している通り、この後に続く「大きすぎるものを眺めていると、死んでしまいたくなる。」と併せて、なんて紛れのない真実を語るんだろう、と平伏したくなる。

箱男 (新潮文庫)

箱男 (新潮文庫)

作品自体については、何かを語る勇気はないので説明だけ。段ボールを被った「箱男」の一人称「ぼく」による物語……のはずが、次第に整合が取れなくなり、「ぼく」とは誰なのかが段々わからなくなっていく。そのことが読み進めていくうちに次第に怖くなる。視点が切り替わってるのだ、といえばそうなんだけど、もっと何か「近代的自己」に対する疑念のような、自分は本当に自分なのか? みたいな、そういう種類の怪しさがある。

小さなものを見つめていると、生きていてもいいと思う。

雨のしずく……濡れてちぢんだ革の手袋……

大きすぎるものを眺めていると、死んでしまいたくなる。

国会議事堂だとか、世界地図だとか…… 

 

4. ぼくは勉強ができない(山田詠美

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生きているから、全てはちゃんと過去になる。

この文については、わかるようでわからないが、直観的にわかる、と高校生の時に初めて読んでからというものずっと思い続けている。仮に「これどんな意味ですか?」と問われたら私は答えられないんですね。いや、堤防とは人生における困難を表していて……みたいな説明はできると思うんですが、でも何でこれほどまでにこの一文を格好良いと思うのかは説明できる自信がない。

そこをなんとか頑張って説明しようとすると、たぶん、この一文の持つ圧倒的なエネルギーの眩しさみたいなものに、ずっと惹き付けられているのかもしれません。色々なことが起きてはあっという間に過去へと流れ去って行く中で、未来のことを考えては思い悩む中で、「堤防を越える」その瞬間だけは、たしかに自分が現在進行形で生きているのだ、と高らかに主張するその眩しさ。

ぼくは勉強ができない (新潮文庫)

ぼくは勉強ができない (新潮文庫)

話自体はなかなか好き嫌いが分かれそうな気がする……というのも、主人公の男子高校生・秀美はタイトル通り「勉強ができない」。けれど、勉強ばかりできたって女の子にもてなかったら随分むなしいじゃないか、と堂々と言ってのけるような確固たる独自の信念を持っている。殆どの人にとって、その秀美の信念は毒だ。「社会的にはこれが正しいんだから」と一生懸命見ないふりをしてきた物事に無理やり相対させられることになる。どきりとさせられる。その反面、同時に、ものすごく胸がスカっともするのだけれど。

過去は、どんな内容にせよ、笑うことが出来るものよ。母親は、いつも、そう言って、秀美を落ち着かせた。
自分の現在は、常に未来のためのものだ。彼は、そう思った。そして、ある堤防まで辿り着いた時に、現在は、現在のためにだけ存在するようになるのを予感した。堤防を越えようとする時、その汗のしたたりは、現在進行形になる筈だ。
それまでは、どのような困難も甘受するのが、子供の義務だと、彼は思った。

 

5. マクベスシェイクスピア/松岡和子訳)

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ト書き通りに死んでいく人間たちの悲劇。

シェイクスピアの4大悲劇の内、マクベスから、一番盛り上がる場面より一文。シェイクスピアってめちゃくちゃ有名な割に取っつきづらいというイメージを持ち続けていたのですが、大学時代にゼミの課題で出た時に渋々と読んだらこれがなんと、面白いんですね。さすが数百年残り続けているだけのことはある。

面白さにも複数の要素があるのだけれど、中でもやはり言葉の選択に妙味があって、たとえばこの一文も、小説で出てきたならばあるいは記憶に残らないのかもしれないが、戯曲である。役者がこの台詞をそのまま舞台上で読むわけである。「人生は哀れな役者だ」と。なんというメタ構造だ。

そうして口から発されることを前提としているので、リズムも良い……のかどうかは残念ながら原書の英語古文を読まない限りわからないのだけれどそのはずで、そして日本語訳者の方々もその点あらゆる工夫を凝らして訳してくださっているはずなので、キレがあって楽しい。

シェイクスピア全集 (3) マクベス (ちくま文庫)

シェイクスピア全集 (3) マクベス (ちくま文庫)

「どうせ、なんか小難しいんでしょ」と思っている人こそ読んでほしい。特にマクベスリア王はドライブ感が凄まじくて、超展開に次ぐ超展開の中で嘆き戸惑う哀れな人間たちの姿をこれでもかこれでもかと突き放して描く。展開の濃さ×展開の速さの値がぶっちぎりで大きい、韓国ドラマもケータイ小説も目じゃない。そういえば伊坂幸太郎の「あるキング」はマクベスがベースだった、あちらは割と淡々としていたけどこちらはもう炎が燃え盛ってます。始終が激情。

明日も、明日も、また明日も、
とぼとぼと小刻みにその日その日の歩みを進め、
歴史の記述の最後の一言にたどり着く。

すべての昨日は、愚かな人間が
土へ還る死への道を照らしてきた。消えろ、消えろ、束の間の灯火!

人生はたかが歩く影、哀れな役者だ、
出場のあいだは舞台で大見得を切っても
袖へ入ればそれきりだ。 

白痴のしゃべる物語、たけり狂ううめき声ばかり、
筋の通った意味などない。

 

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長くなってしまったので2記事に分けました。残りの5作については次の記事へどうぞ。