20代OLの瀬戸際

風の前の塵に同じ

猿は踊る、春は吠える、人は会社を辞める

というわけで(?)会社の退職手続が無事完了しました。

ぼんやり隔月更新くらいになっていましたがもうちょっとこのブログの更新頻度も上がるんじゃないかと思います。
慣れたらその内学校のことについても書くかもしれない。書かないかもしれない。新しい環境に飛び込むと大体いつもあたふたして変にテンションを上げた結果恥ずかしい失敗をして後々まで心に小さな傷が残る、という流れが自分の中で常態化している気がするので下手を打たないようになんとかしたいところです。


退職してみて初めてわかることは思いのほか沢山ある。

  • 寝れる

のっけからいきなり何だと思われそうですが、寝れます。これはただ単に無職だから朝が遅くて良いという話ではないのだ(それもあるけれど)。
私は労働ストレスメーターが上がれば上がるほどベッドに行く時間が遅くなるという人間でした。何故なら寝なければ明日は来ないという真理に気付いたからだ。そう、今日と明日を区切るのは睡眠という人間の能動的な行動であって、眠る時間が遅ければ遅いほど今日は伸びていくのである。

と嘯いていた結果、入社当初は23:45には寝ていたものがあれよあれよと後ろにずれ、2017年度は大体ずっと1時に就寝していた。最後の1ヶ月にいたってはたとえ19時に帰宅しようが1時半に寝ていた。当然、次の日は眠い。こんなに欠伸ばかりをしていて大丈夫か、すっきりしない頭でもたもた仕事をするから帰宅も遅くなるのではないか、等々、当然の考えは頭に巡るものの、じゃあ眠るかと言えば寝ないのである。寝ずに何をやっているかといえばスマホいじりなのでいよいよどうしようもないのだが、明日を先延ばしにすることが目的なのだから仕方がない。

こうしてだらだらと生きながらにして死んでいる時間が増え、私は明日の先送りを重ねながら朽ちていくのだろうかと思っておりましたが、どうやら人は明日が来ることが嫌でなければ寝れるようです。0時に躊躇いなくベッドに向かえるようになりました。こんなことで感動する日が来るとは思わなかったが、0時に、寝れている。進歩である。進歩というか回復である。生を取り戻せ。

  • 髪を切れる

髪を切りました。それはお前の怠慢だろうと言われそうですが、入社以来、頑なにワンレンミディアム~ロングを維持してきたんです私は。それは何故かと言えば、数か月放っておいてもそれなりに体面を保てるからだ。茶髪も入社数ヶ月で止めた。

いやたしかに私は同世代女子の平均に比べて美容への興味関心が弱い、それはそう、だが私が美容院に頻度高く通うことができなかったのはそれだけではない、貴重な休日の数時間を髪なんぞに奪われることが我慢ならなかったからだ。
行く時間がないわけではない。世間的に激務と言われる職だったが、幸い殆ど全ての土日はきちんと休日だった。行こうと思えばいつだって行けた、カレンダー的な観点からいえばそうだ。但しそれはあくまでもカレンダー的な観点でしかない。まずベッドから起き上がるにも相当な労力が消費されるのだ。消費されるのはHPではない、MPだ。家から出るなんて週に1度しか発動できない特殊魔法だろうが。髪?犬にでも食わせておけ。

というわけで犬に食われたような枝毛を自宅トリートメントでだましつつ、時たま思い出したように毛先を整えることでなんとか日々を凌いできたわけなのですが、退職に際し様々な人と写真を撮って気付いた。髪が汚い。知ってた。

これがね、もう勢いよく切れる。ショートカットにできる。1ヶ月後にまた美容院で形を整えることになっても構わないではないか、と脳内の帝が快くお触れを出す。帝?そう、これが心の余裕だ。解き放たれた精神を感じたので久々に顎より上までざくっと切ってしまった、但し切るタイミングを間違えた。まだ書類提出等で会社に行かねばならないことをすっかり忘れていたので私は完全に退職に浮かれて髪を切った人になった。挨拶回りをするのが今から既に恥ずかしい。恥ずかしいので控えめカラーにしたがそれもまた大学デビューしたて感が出ていて逆にまた恥ずかしい。しかし改めて考えるとどうせ殆どの人とは再会しないのだからまあ良い。

  •  自炊ができる

ようになるはずだ。元々自炊をちゃんとできるような人になりたいという願望はあり、一時期はきちんとレシピ本片手に作り置きを試みていた。が、それも所詮は精神的貴族のみに許された嗜みであり、ひとたびストレスが降り積もればそんな気力は見事に雲散霧消する。ファミマだ。セブンだ。UberEatsだ。UberEatsは便利だがちょっとお高い。そうして私は最寄駅から一番近いファミマに毎晩吸い込まれることになるのだが、いかんせん本当に気力が萎えた時というのは「何かを選択する」ということができない。びっくりするくらいにできない。入店し、うろうろとお弁当売場をうろつくものの、自分は何が食べたいんだっけ?食べたいものなんて何かあるんだっけ?強いて挙げるなら最近栄養不足だしこれかな、でもこれ食べたくないなあ、と延々と5分くらい徘徊を続けることになる。

そんな時はね、自分でもね、悲しくなるんですよ。食べるもの一つも選べないというのは消極的な自殺ではないかと。そんなことはない生きるために何かを食べなければ、と自分を奮い立たせるために、これまで何度ポテチと麻婆豆腐丼のお世話になったか知れない。食品添加物や香辛料に頼るから精神が虚ろになるのではない、その逆だ。頼らないと精神の形を保っていられないのだ、驚くべきことに。

どんな時にでも割とポテチだけは食べることができたので、ポテチにはだいたいロクな思い出がない。公園で湖池屋のり塩食べながら泣いてたなあ、とか、引っ越し後も公園でカルビーコンソメパンチ食べながら泣いてたなあ、とか、こたつで天井を見ながらピザポテト食べたなあ、とか、とにかく私がなんとか命を繋いでこられたのもポテチのおかげかもしれなかった。ありがとう、湖池屋。ありがとう、カルビー。そして数多のポテチメーカーたち。だが今後はそのようなポテチ依存からも脱することができるはずである。生を取り戻せ。

 

そう、生を取り戻すのだ―――!!

と前職が悪の枢軸のような書き方になっておりますがそんなことはなく、構造上ストレスが溜まりやすい業界であったものの、楽しい仕事もあったしお世話になった方々も沢山おり、総合的にはちゃっかりと得るものを得た3年間であったなと思う。

3年間とはなんと短い、と思う一方で、いや中学や高校と同じだけの時間だと思えばむしろ人格なんて一つ二つ捻じれて当然の期間でもある。新卒もそりゃ3年で辞める、それは3年という時間が人間を人生の内省に向かわせ何かを決断させるに十分であるからだ。後から振り返ればなんと一瞬のことか、といつかは思えるようになるのだろうな、それでも。

猿は踊る、春は吠える、人は会社を辞める、私は前に進む。

 

取り急ぎ明日からツアーで11日間パキスタンに行ってきます。解き放たれた感がすごい。無事に帰ってこられるのかは若干不安ですが、桃源郷と名高いフンザの谷に期待。イェイ